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いざ行かん「日本遺産」を巡る旅!蔵めぐり!酒巻の見聞!その①

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夏はあっという間に過ぎ去ったかの如く、朝夕はめっきり秋めいて参ったな。

 

 

成田軍一の勤勉家!読書大好き酒巻靱負にございまする。

 

秋といえば「食欲の秋」「行楽の秋」「スポーツの秋」といろいろあるが、皆はどのような秋を過ごすのであろうか?

普段なら酒巻は読書の秋・・・と言うところなのだが、

せっかくなので芸術の秋といこうではないか!!

 

我らが行田市は

『和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田』として

2017年埼玉県内初の日本遺産に認定されたことは以前語らせて頂いたのだが、

此度は実際にその「日本遺産」の芸術的な構成文化財を見て回ろうと思いまする!!

 

題して

忍城成田軍の文化探索武将!

酒巻靱負と巡る「ミニまち歩き蔵めぐり!!!」

 

 

此度紹介したいのは行田の「足袋蔵」

 

江戸時代から足袋づくりが大変盛んであった行田は

最盛期には全国の約8割の足袋を生産し「日本一の足袋のまち」として繁栄して参った。

その発展とともに「足袋蔵」は約100年間に渡って建て続けられていったのでございまする。

土蔵だけでなく、石蔵、レンガ蔵、コンクリート蔵、モルタル蔵など様々な蔵が市内には今も数多く残り、
街歩きをするとその歴史や個性を感じることができるのでございまする。

 

市内に現存で残されている足袋蔵は約70棟。
そのうち日本遺産の文化財となっている蔵は29棟。

 

先にも申し上げた行田が誇る日本遺産。
全部で44の構成文化財で成り立っておりまする。

が、

「足袋蔵」だけでもその過半数を超えるため
一度に見て回るには1日がかりになってしまう故
幾度かに分け、少しづつ案内して参ろうと思う。

 

ということで、今回の蔵めぐりは丹波さんと和泉さんを連れ出しいざ!!

 

此度紹介するのはこちらの蔵だ!!!

イサミコーポレーションスクール工場・事務所・土蔵・モルタル蔵・木造倉庫

花手水や癌封じで有名な行田の総鎮守である八幡神社の裏手側。

ここ、イサミスクール工場は目にしたことがある方もいるやもしれぬ。

2017年、テレビドラマ『陸王』にて老舗足袋を扱う「こはぜ屋」のロケ地ともなった場所でもある。

我らも当時は陸王ロケ地巡りの「陸王ブラタナリ」にて皆様方を案内させて頂いた。

(※ブラタナリとは・・・忍城成田軍と共に忍城城下の魅力を巡る街歩き。)

それはさておき、この工場はイサミコーポレーションの前身となった鈴木勝次郎商店が開設した、
現存する行田で最も古い大規模足袋工場にございまする。

大正6年に建てられたノコギリ屋根の木造洋風工場、

その翌年4月には入口右側の旧事務所

昭和13年12月には入口左側のモルタル蔵が建設。

それ以外にも旧講堂・土蔵・旧寄宿舎・食堂・ポンプ小屋などがあり、

開設当時はおそらく電動ミシンを一挙に多数導入した、
最も近代的な量産工場だったと思われ、

戦前の大規模足袋工場の面影を残す貴重な建物群なのでございまする。

 

足袋蔵なのになんで「スクール工場」?

と思う方もおるやもしれませぬな。

かつてはここでも足袋が作のられていたのだが、
昭和2年に衣料品の製造を開始、昭和34年には体育衣料の製造を始め、
近年は学生服の製造販売をするようになったのだ。

そのことから「スクール工場」といわれるようになったそうだ。

もちろん足袋も作られているがそれは次に紹介する場所にて。

■所在地:行田市旭町4-1
※公道からの外観見学のみ(敷地内への立ち入りはご遠慮下さい。)

 

イサミコーポレーション足袋工場

 

行田の裏通りをすこし歩くと、可愛らしい三角屋根が連なる蔵が目に入ってきましたぞ。

ここは現存する行田最大級のノコギリ屋根の木造洋風足袋工場でありまする。

正確な建築年代は不明だが、おそらく昭和初期、

上記にて紹介致したイサミスクール工場を建設した後、組合工場でもあったこの工場を買い取って生産を拡大。

歌舞伎の「勇み肌」から名をとって「イサミ足袋」の商標で行田有数の足袋メーカーへと成長していったのでございまする。

個人商店から企業へと発展したこの時期の行田の足袋産業を象徴すべく、

住居地から独立した昭和初期の大規模足袋工場なのです。

現在はここで足袋の生産が行われているまさに近代化遺産!!

余談ではございますが
こちらも「下町ロケット」の撮影に使われておりましたぞ。

酒巻にとってはこの三角屋根の足袋蔵もお気に入りの一つにございまする。

■所在地:行田市向町4-31
※公道からの外観見学のみ

 

鯨井家倉庫

新町商店街に向かう途中、四角いコンクリート壁がひょっこり顔を出している。

ここ、足袋の原材料商の鯨井商店は
明治41年、行田市随一の足袋商店であった橋本喜助商店より独立して創業。

大手原料問屋と各足袋商店の間を繋ぐ小売商として順調に商売を発展させた鯨井商店は、
当時の行田では先駆的な鉄筋コンクリート造りの足袋蔵を建設したのでございまする。

なぜコンクリート蔵の建設に至ったのか、と申しますると関東大震災の経験があったからにございまする。
当時親交のあった大澤商店も震災の教訓をもとに鉄筋コンクリート・レンガ造りの文庫蔵を建設したということから
その建設に至ったのではないかと推測されまする。

敷地の奥にあるため通りからは見えにくいのは残念ではあるのだが

現存する数少ない鉄筋コンクリートの足袋蔵として貴重な存在にございまする。

外観しか観られぬが、塀からのぞくこの姿が
なんだかあひるの顔のようでなんとも愛らしい建物だと思いませぬか?

■所在地:行田市天満1-43
※公道からの外観見学のみ

 

小沼蔵

ノコギリ屋根のイサミコーポレーションからほど近くに美しい石蔵を発見!

それがここ、小沼蔵。

小沼蔵は「豊年足袋」等の商標で知られた株式会社小沼商店(豊年足袋本舗)が
昭和29年似建設した2階建ての石蔵にございまする。 

 

昭和32年を境に足袋蔵は作られなくなっていったため
現存で残る最後の足袋蔵として歴史を感じる事ができる大変貴重な蔵にございまする。

 

保存状態も良く、美しい小沼蔵は北側には一切窓や扉がなく、入口扉は南側に2箇所。

これは冬場に北西から強風が吹く行田の気候・風土を反映して強風や火災から
敷地を守るように足袋蔵を北西角に配置したとものと思われる。

まさに生活を守る知恵であるな。

因みに小沼源兵衛商店は堅実かつ明るい社風で知られており、
操業中にはレコードをBGMにかけていたそうだ。

蔵だけでなく、やることもお洒落で素敵だと酒巻は思うぞ。

 

■所在地:行田市向町4-15
※公道からの外観見学のみ

 

 

 

此度はこれら4つの蔵を紹介致した。

どの蔵も外観見学のみで中に入ることは出来ぬのだが、

忍の城下を散策する中で、これらの蔵と出会うことはロマンだ。

歴史ある建造物からその時代や文化を想像するのは実に面白い。

耳をすませば、ほら。

かつて行田の裏通りを歩くと聞こえてきたミシンの音が

今でもなんだか聞こえて来るようであろう。

 

此度は序章である。

まだまだ日本遺産の足袋蔵を共にめぐって参ろうぞ。

 

 

次回へ続く。

 

靱負

 

 

 

 

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