正木丹波守

夜襲日記~最終回~ 

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今晩は、成田家一の家老
正木丹波守である。

天正18年
私は忍城攻防戦後、佐間口の地に高源寺を開基。
『高源寺碑文』によると武士をやめ彼我の戦没者供養に当たった。

その翌年、他界。

時を経て、

2010年7月
映画「のぼうの城」が公開されるのを機に、
忍城おもてなし甲冑隊が結成され、
2011年5月22日、現代に再び甦る。
城代にして幼馴染の長親も。
以降、忍城成田軍とともに、一年毎に大きな節目を迎えた。

2012年11月映画「のぼうの城」公開

2013年11月「第1回埼玉県おもてなし大賞」特別賞を
忍城おもてなし甲冑隊が受賞

2014年9月忍城おもてなし甲冑隊「天下一決定戦‐宴‐」予選突破。
決勝進出。

2015年1月「天下一決定戦‐宴‐」決勝に挑む。

2015年12月 忍城おもてなし甲冑隊がおもてなし大賞
準グランプリに相当する「奨励賞」を受賞。

2016年7月 第23回市民祭 行田浮き城まつりにて
忍城おもてなし甲冑隊と援軍の皆で
だんべ踊り特別賞『祭りを盛り上げ元気だったで賞』を受賞

節目を機に、士気を高め、成田軍とともに出陣してきた。

そして本日、2017年5月5日、私は出立。
それぞれの年に、他にも様々な出来事があったのは言うまでもない。
正直あり過ぎて、記しきれない。
ほとんどの甲冑隊の歴史そのものに関わってきたからな。
可能であれば、此度を機に今までのブログを時に振り返って頂ければ幸いである。
私含め、皆それぞれの個性を生かし、行田の魅力を余す事無く伝えている。
それは我々が出陣した証でもある。
その中には、これまで援軍をしてくれた皆にとっても
意義深い出来事があるはずだ。

語り継いでほしい。我々を通した行田の魅力を。

「甲冑隊にいて当たり前の存在であった」

行田を思う私の志が皆に通じたゆえだろうか。
私が出立することを決めた後、事ある毎に言われ、驚かれた。

ならば、私の出立を通して、
当たり前の存在が居なくなったことで見えることもあるはず。

身近なことでも構わない。それがきっかけになり、
よりよい方向に向かってくれたらこれほど嬉しいことは無い。
それが行田市の魅力の再発見に繋がることを願う。

 

そのように思いながらの本日の出陣であったが…

私がむしろ気づかされた。

※本日、出陣時

忍城址にお越しになる方々。
皆様から行田にまつわることを伺うことで、
存在意義を改めて感じることができた。

そして忍城成田軍の面々。

足軽あお、蓮

我々武将達が出陣できたのもお前等の支えがあってのお蔭だ。
今だから言うが単騎で出陣した際、あおと蓮の名前を
何度呼びそうになったことか。どれだけ頼りにしていたかに気付く。
足軽の下剋上!と時にお前等が言っていたが、正直身が締まる思いだったぞ。

靱負

若武者ゆえの未熟ながらも有り余る勢い、
私には無いある種の器用さを持つお前に、時に学んでおったぞ、実は。
鉄剣マラソンや足袋コレにて、私には無い発想で、挑んでおったり、
定石どおりな自らを省みる機会になった。

和泉

本日、最初で最後の大手門之激昂。
忍城攻防戦時のあの時の熱い気持ちを思い出した。
お前がいたから朱槍を持つ意義を感じられたのかもしれない。
現世になり、何度かお前に奪われたがな。
暑苦しく、喧しい奴だが日々の修行の士気を高める根拠は
お前に負けぬ為でもあるのだと気づく。
よき演舞であった。

そして
長親

戦国時代から、幼馴染として過ごしてきたが
忍城おもてなし甲冑隊として現世に甦り、
冒頭に述べた通り、ともに今日まで出陣してきた。

これほど心配させ、これほど底知れぬ将器に
驚かされた者は私が考え付く限り思い浮かばない。
有名武将からはもちろん学ぶことが多いが、
こいつには何というか、そことは違う何かを感じる。

まぁ、とにかく、
つまりは、奴を城代として誰よりも支えたいと思うのは
私だと自負しておるということだ。

お前のお蔭でよき出陣の日々の連続だった。

 

皆、有難う。

皆があって、私が在ることに気付かされた。
普段分かっていても、なかなか心の底から気づけぬ事。
私はまだまだ。


それぞれの面々の何処が、どう具体的にって?

行田市観光に訪れ忍城址をはじめ、
忍城成田軍が出陣する処を訪れ、確かめるがよかろう。
その際は、ブログももちろん参照してくれ。
一度で分からなければ、二度三度訪れるがよかろう。

本日、私が述べたことに共感できる部分があるはず。
そしていつの間にか、忍城成田軍を通して行田市の魅力に気づくであろう。

これからも忍城成田軍の援軍の程、宜しく頼む。

私は長く居すぎた。
行田のよりよいPRに貢献する為
己を戒め、再び修行に出ることを決意した。

何故か。
忍の地、行田を思う、長親達忍城成田軍を頑なまでに一途に思う
私がその馬鹿者だからよ。

今宵で最後、さらば。

 

正木丹波守利英

追伸

五月八日は高源寺にて花まつりが開催。
高源寺では毎年花まつりと併せて「願かけ地蔵尊祭礼」、
そして「忍城水攻め彼我戦没者供養会」、「正木丹波守利英公供養会」が行われる。
毎年開催されておる。詳しくは昨年のブログを参照あれ。

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忍城おもてなし甲冑隊
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