成田氏長

或る忍城城主の1日~天正十八年六月七日…真田丸における忍城攻め考察。篇【長文】~

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皆様御機嫌よう、忍城城主・成田氏長である。

本日のブログは長いぞ、心して読むのじゃ。
もし挫折した者はツイートにてどこまで読んだか引用RTやリプライで白状するように…

本日6月7日は成田長親が忍城の城代となった日である。
平成の世の長親は誕生日かクリスマスかの様に浮かれてるわけであるが、この城代就任=父・泰季の命日でもあるわけで…

まぁ、細かい事は良いとして、忍城おもてなし甲冑隊としても毎年この時期開催の「大将まつり」が開催出来るのは誠に嬉しい限りである。

さて、今巷で話題となっている(なってほしい)NHK大河ドラマでの忍城攻防戦の様子。

観光地として日々お客人を迎える町ではNHK大河ドラマで描かれるのと描かれないのでは大きな差があるわけで…ブツブツ
是非ともNHKさんには頑張ってもらいたいものである。

そんな大河ドラマではもう間もなく豊臣秀吉の関東平定、小田原征伐の様子が描かれる。
今日は大河ドラマを見ていなくても天正十八年のこの時期がわかりやすいよう、又、放送される「であろう」忍城攻防戦の見どころ?の儂的考察を説明しようではないか。

豊臣秀吉の関東平定とは…

豊臣秀吉が天下統一の総仕上げとして行なったのが「関東平定」小田原征伐である。
朝廷より関白職に続き太政大臣の官位を授かり、名だたる大名も皆、豊臣秀吉の指示に従う意向を示していた(上洛していた)のじゃ

ところが、儂ら成田家の主君であった北条家はその上洛を断固として拒否、徹底抗戦として戦に備えおり、
成田家としても儂を筆頭に主力部隊を小田原城へ加勢に参じたのである。

北条家が支配しておった城は本城の小田原を含め19。
19もあったとしても全国各地の大大名が豊臣秀吉に従った為、それはもうあれじゃ、ドリームチームじゃ、敵いっこない。
有名武将が各地で武功を上げるその中で、石田三成は理財の才(現代でいうと経理であったり、お金の計算や財産の管理)に長けてはいたが、武士である功績(武功)は今ひとつ冴えない所があったのじゃ。

忍城という城

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今では御三階櫓が建ち、塀や堀もそれなりに整備されて観光客で賑わう行田市の忍城であるが、当時は雑木林・沼・田んぼ・入り組んだ道にその水路を渡る為の橋などで構成された見た目的には決して派手でも豪華でもない「城」であった。

だがしかし、これが当時は鉄壁の守りを誇る要害で、あの上杉謙信ですら攻略出来なかった城だったのである。
皆も考えてみると良い、田んぼを横切って行軍中に矢で狙われたりしたらもうあれじゃろ?ゲームオーバーじゃろ?
それに加えあちらこちらの沼地の中洲に橋が掛けられ、大群であっても軍が分断されてしまうのじゃ。

水攻めの失敗、そして真田家の援軍

忍城近くの小山(丸墓山古墳)に陣を構え、後に石田堤と言われる堤防を築き水攻めを決行した石田三成であったが、失敗に終わるだけでなく、堤防の決壊が原因で多くの兵を失った、そんな石田三成の元に駆けつけた援軍の一つが真田家である。

※ちなみに石田堤は行田市・鴻巣市の堺で整備され当時の様子を見る事が出来るぞ

おそらく、水攻めの部分はカットされるか軽く終わるじゃろうな。
「のぼうの城」と被るし…

劇中でも石田三成との仲は度々取り上げられる真田信繁(幸村)である事もあるが、史記「成田記」によると真田家は忍城の「持田口」を攻め、守ったのは儂の愛娘の甲斐ちゃんというわけなのじゃ。

持田口の戦い!?

ただでさえ足場の悪い忍城であったが、水攻めが失敗に終わった為その戦場はまさに泥沼化。
寄せ手(攻め側)である真田軍に対し、成田軍は一時は門を突破される危機に陥ったわけじゃが、そんな所に颯爽と登場した甲斐姫(成田記記載の史実)、真田丸では稲姫(小松姫)が薙刀を持ち稽古をする様子が描かれておるが甲斐姫がどの様に描かれ、如何にして真田信繁(幸村)と対峙するかが見どころなんじゃ。

※実際の持田口は現在の忍城の前国道125号を熊谷方面に進み5分くらい歩いた場所にあるぞ。

甲斐姫と真田信繁(幸村)のその後

儂が持田口の戦いが描かれるのではなかろうかと予想するのは明確な理由がある、
この忍城攻防戦の後、真田信繁(幸村)と甲斐姫はおそらく再会しているはずなのじゃ。

そう、大坂夏の陣

忍城開城後、豊臣秀吉の側室となった甲斐姫は大坂城で暮らしたわけじゃが、淀殿(茶々)の頼みもあって豊臣秀吉の息子「秀頼」の世話役を努めたという話もある事から大坂夏の陣で今度は味方として真田信繁(幸村)と再会を果たしているのではなかろうか…

と儂は密かに期待しておるのじゃ。

まとめ

忍城攻防戦の「内容」や、我々成田軍の「出自」や「以後」については諸説ありどの記録が正しいかは儂にもわからぬが、行田市にはこの戦国時代よりはるか昔からこの平成の世まで現存する、古代からの遺跡「さきたま古墳群」、2000年の時を超え現代に蘇った「古代蓮」があり、真意の程は古墳と古代蓮にしかわからないのかも知れぬな。

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古代蓮に関しては6月末頃から見頃を迎えるわけであるが、そんな思いを浮かべながら花を愛でるのも一興である。

ここまで書いておいて、天正十八年六月七日成田長親城代就任ということに一切触れる事無く終わりを迎えるわけであるが、今年の成田長親城代就任426周年記念イベント「大将まつり」は6月11日(土)に開催する。

昨年に引き続き行田市ゼリーフライ大使「潮崎ひろの」殿のミニライブや行田のご当地ヒーロー「彩光戦士サイセイバー」に加え、埼玉県公認ヒーロー「埼玉戦士さいたぁマン」や愛知県岡崎市よりグレート家康公「葵」武将隊から小松姫も参陣下さる。

当日はフライ・ゼリーフライの移動販売に忍城おもてなし甲冑隊オリジナルグッズの販売、そして小松姫からは重大な発表!?がある故、真田丸で忍城が描かれる前に、現在の忍城ではどの様な事が行われているかも含め、是非とも行田まで足を運んでくださると儂は嬉しい。

結局何が言いたいかというと、本日6月7日は忍城おもてなし甲冑隊「成田長親」にとって特別な日であった、儂の代わりにお主が盛り立ててやってくれ。
ちなみに本日の16:30~テレ玉「マチコミ」にも出演する。
今週のテーマは「ありがとう」
この機会に日頃を感謝の気持ちを込めて「ありがとう」とメッセージに込めてみては如何だろうか?
応募フォームはコチラより。

以上。

 

★おまけ★
儂がこの小田原征伐で期待しているのがもう一つあって、北条家家臣「更科六兵衛」じゃ、これについてはご自身でお調べくだされ。

 

では今日はこの辺で…

 

成田氏長

 

 

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