柴崎和泉守

龍ヶ淵伝説じゃぁぁぁ!

更新日:

睦月下旬になり寒さが厳しさを増してきたが

先の暖冬の影響か、忍城の紅梅は鮮やかに咲き始めておるぞ。

成田家の力自慢!

柴崎和泉守じゃぁぁぁ!!!

IMG_1078

昨日の、姫のブログでも紹介されたが、

先日儂らは行田のお隣・熊谷市は龍淵寺に

お墓参りに行ってきたぞ!

ryuennjii

※丹波と蓮はこの日はお休みじゃった。

 

そこでは様々な成田家にまつわる書物も見せてもらったが、

儂が一番興味を持ったのはそれら書物ではなく

龍淵寺にまつわる伝説のようなお話じゃ。

わかり易く簡単にこれより語り聞かせるので

良かったら付き合ってくれぃ。

 

『龍ヶ淵伝説』

むか~し昔の戦国時代。
大将・成田長親のひいひいひいじいちゃんの
成田左京亮家時(なりたさきょうのすけいえとき)が
国を治めていた時代のお話。

20160124090659_00001

家時が住んでいた館の北の方角に「龍ヶ淵」と呼ばれる、
淵の水が神聖なものとされていたが、
「龍のすみか」と恐れられている場所がありました。

20160124090659_00002

家時に成田家とその家臣の為のお寺を建てて欲しいと
お願いされたお坊さん・
和庵清順和尚(わなんせいじゅんおしょう)は、
その淵に行き座禅し、龍神に7日間祈りを捧げました。

7日目の夜、和尚の夢の中に白髪のおじいさんが現れ、
こう言いました。
「そなたの祈りに応じて、わしはすみかを変えることにした。
この地に寺を立てるがよい。」

次の日、和尚は淵に行き、坐禅を始めました。
すると、突然激しい風が吹き龍神が現れました。

20160124090659_00003

和尚は龍神に向かって、
「その姿で出て来ると人々が怖がる。姿を変えられよ。」
と言いました。
すると、風がやみ、淵の水中より6尺(約24センチ)程の
蛇が浮かび上がってきました。

20160124090659_00004

和尚が持っていた法具で頭をなでると、
蛇はおとなしく水中へと戻ってゆきました。
不思議なことに、
その日より大雨洪水となり、泥土が淵へと流れ込み、
ついには干上がり淵は陸地となりました。

これを聞いた家時はよろこび、和尚の高徳をたたえ、
この土地にお寺を建立しました。
こうして、応永18年(1411年)春に、
太平山天釣院龍淵禅寺が完成したのです。

これが、成田家代々と家臣の菩提寺であり、
今も熊谷市にある龍淵寺の始まりのお話。

             おしまい

 

今はこのお話に出てくる淵の名残であった

池も埋め立てられてしまったが、

石碑が龍淵寺本堂の左奥の敷地に残っておる。

DSCN2958

また、毎朝6時に鐘が鳴らされている龍淵寺の鐘樓の天井には

伝説さながらの龍が描かれておるぞ。

DSCN2923

本堂の中には、成田家時殿の位牌も。

DSCN2857

伝説なのか。伝承なのか。

はたまた、実話なのか。

真偽のほどが知りたく家時殿の墓前にて問うてみた。

DSCN2952

「龍ヶ淵伝説は本当にあったのですか?」

DSCN2949

残念ながら儂の問いには答えてはくださらなんだ。

が、儂は本当にあった話じゃと信じたいのぅ。

 

龍淵寺には成田家の家臣の墓もある。

儂らはここに眠ってはおらぬが、こらからも

成田家の祖先とともに仕えた者達も

この地を守ってくださることじゃろう。

DSCN2964

儂も守ってゆきたいと思う次第じゃぁ!

 

柴崎和泉守

 

☆★☆★☆★☆★☆★

龍淵寺

住所: 〒360-0012 埼玉県熊谷市上之336
☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

余談じゃが。

 

この度見せていただいた

成田家人分限帳には

儂の名はなかった。。。

DSCN2877

凄い速さで全部みた!靱負はあったのに・・・。

Google AdSense

Google AdSense

-柴崎和泉守

Copyright© 忍城おもてなし甲冑隊 , 2022 All Rights Reserved.